パブリックコメント 「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に関する意見
パブリックコメント
「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に関する意見
令和6年1月25日
東京司法書士会
当会は、標記省令案に関して意見を述べる。
はじめに
商業登記について、どの範囲までを登記事項とするかは、「当該商人の利益と関係経済主体間の利益を妥当に調整する観点が必要」とされ、「何を登記事項とするかは、高度の政策判断に基づくのであり、よって法律によるべきもの」とされている(森本滋、山本克己編『会社法コンメンタール20-雑則(2)』商事法務、2016 年、179 頁・180 頁)。
会社法は、株式会社の登記すべき事項を定め(第911条第3項)、代表取締役、代表執行役及び代表清算人について、それぞれ「氏名及び住所」(代表取締役については同項第14号、代表執行役については同項第23号ハ、代表清算人については第928条第1項第2号)を登記することを定めている。
しかし、今回の改正案は、商業登記規則の改正により、登記事項である代表取締役等の住所について行政区画以外のものを登記事項証明書に記載しない措置を設けるというものである。行政区画のみの情報では、代表取締役等について住所の特定はできず、住民票の取得も不可能であるから、登記事項である住所を公示しないことと事実上同義と言える。
また、今回の改正案は、上場会社の他、非上場会社においても一定の要件を満たせば住所を記載しない措置の申出ができるものとなっている。その対象となる会社は広汎であり、会社間の取引、裁判所や登記の実務、さらにはFATF第4次対日相互審査を受けて改正された犯罪収益移転防止法上の取引時確認(第4条)の実務にも大きな影響を与えるものである。
近時、プライバシー保護の要請が高まっていることから、代表取締役等について住所を記載しない措置を設ける必要性が一定程度あることは理解できるものの、代表取締役等の住所をどこまで公示するかは関係者間の利益を妥当に調整する「高度の政策判断」が必要な事項であり、会社法改正によることが望ましいようにも思われる。それゆえ、今回の改正を商業登記規則改正をもって行うことについて疑問なしとしない。
以上を踏まえた上で、以下では、今回示された商業登記規則等の一部改正案についての個別意見及び改正案には記載がないものの必要と考えられる制度について意見を述べる。
第1 商業登記規則の一部改正案について
1.改正案第31条の3関係
(1)住所が表示された登記事項証明書等の交付及び資格者代理人がオンライン申請により住所を確認できる仕組みの新設について
【意見の趣旨】
代表取締役等住所非表示措置が講じられている株式会社において、当該株式会社及び当該株式会社から委任を受けた者並びに登記申請の代理を業とすることができる代理人(以下「資格者代理人」という。)又は利害関係人から請求がある場合には、引き続き代表取締役等の住所が表示された登記事項証明書又は登記事項要約書を交付すべきである。
併せて、当該株式会社及び当該株式会社から委任を受けた資格者代理人がオンライン申請によって代表取締役等の住所を確認できる仕組みを新設すべきである。
【意見の理由】
代表取締役等住所非表示措置が講じられている場合において、仮に代表取締役等の住所が非表示とされた登記事項証明書しか交付されないときは、法人の本人確認資料としては不十分な内容であり、取引現場において混乱が生じる可能性が高い。
また、令和6年4月1日施行予定の改正犯罪収益移転防止法によれば、司法書士等の取引時確認に際して取引目的及び実質的支配者の本人確認が追加されることや、行政書士、公認会計士及び税理士には疑わしい取引の届出が義務付けされることが予定されている。これらは、FATF第4次対日相互審査における勧告によりマネーローンダリング及びテロ資金提供対策並びに株式会社等の実質的支配者に関する情報を明らかにさせる仕組みを整えることが国際的な要請となっていることを受けたものであるが、今後もその要請は強くなることが予想される。特に中小企業の場合、実務上登記事項証明書は株式会社の実在性を証する書面及び代表取締役の権限を証する書面として利用されていることから、代表取締役の住所を表示する仕組みが必要である。
よって、代表取締役等住所非表示措置が講じられた株式会社であっても、当該株式会社及び当該株式会社から委任を受けた者並びに資格者代理人又は利害関係人から請求がある場合には、令和6年1月28日まで意見募集をしている改正不動産登記規則案第202条の14の規定に習い、住所が表示された登記事項証明書等の証明書を交付すべきである。
また、代表取締役等住所非表示措置が講じられている株式会社であっても、当該株式会社及び当該株式会社から委任を受けた資格者代理人が、オンライン申請によって不動産登記における登記識別情報に関する有効証明請求(不動産登記規則第68条)に類似する方法により、代表取締役等の住所を確認できる仕組みを新設すべきである。
(2)住所非表示措置の申出の時期について
【意見の趣旨】
登記所の事務手続の体制等を速やかに整備し、代表取締役等住所非表示措置の申出の時期について、登記申請の時期にかかわらず、いつでも申出をすることができるようにすべきである。
【意見の理由】
今回の改正では、住所非表示措置は、株式会社の設立の登記、他管轄への本店移転の登記、代表取締役等の就任の登記、代表取締役等の住所の変更の登記等を申請する際に申し出ることとされている。しかし、代表取締役等のプライバシー保護を考えれば、そのような登記申請の時期にかかわらず、いつでも申し出ることができるようにすることが望ましい。
商業登記規則第81条の2の役員等の旧氏の記録に関する申出の制度も、平成27年の当該制度創設当時は申出時期に制限が設けられていたが、令和4年には、いつでも申出ができるように改正された。
今回の改正で、住所非表示措置の申出時期を限定したのは、おそらく登記所等の事務手続を踏まえてのことと考えられるが、速やかに体制等を整備し、いつでも住所非表示措置の申出ができるようにすべきである。
(3)代表取締役等住所非表示措置の非表示期間について
【意見の趣旨】
代表取締役等住所非表示措置の非表示期間に2年程度の期間制限を設け、期間経過後も非表示措置を希望する場合は、更新の申出ができるような措置を講ずるべきである。
【意見の理由】
今回の改正案では、上場会社以外の株式会社で既に代表取締役等住所非表示措置が講じられている場合においては、代表取締役の就任(重任)の登記の申請をすることで、代表取締役等の住所が同一であるときは、代表取締役等住所非表示措置が継続されることとなる。株式会社の多くは取締役の任期を2年と定めているので、2年ごとの就任(重任)登記の申請の際に代表取締役等の住民票等が添付情報として提供されることによって、登記所において同一性や実在性を確認する機会が設けられることとなる。しかし、今回の改正案では、非公開会社で取締役の任期を伸長している株式会社においては、最大10年間、代表取締役等の就任の登記の申請が行われず、その期間、登記所において代表取締役等の住所の同一性や実在性を確認することができないことも考えられる。また、商業登記の公示の要請として、本来、代表取締役等の住所は公開すべきところを、プライバシー保護の観点から例外的に非表示とするものであることから、登記所においても代表取締役等の住所の同一性や実在性を積極的に確認するような取組みが必要である。住所非表示措置が講じられている株式会社から代表取締役等の住所の変更の登記申請がないから、代表取締役等の住所が変更されていないという消極的な関わりでの確認の方法ではなく、住所非表示措置が講じられている株式会社から、定期的に、代表取締役等の住所が同一であることを証する情報等を提供させて確認することができるような積極的な関与が必要である。
また、代表取締役等住所非表示措置が講じられた株式会社においても、登記事項証明書に代表取締役等の住所が記載されていないことから、代表取締役等の住所に変更があったとしても、その住所変更登記を懈怠してしまうおそれが高くなることが考えられる。
さらに、商業登記規則第31条の2で定めるDV被害者等の住所非表示措置は、3年間の期間制限が設けられている。この期間制限は、DV被害者等の生命、身体等の保護という保護法益と商業登記の公示の要請との調和を図るために設けられたものと考えられる。今回の改正の代表取締役等のプライバシーという保護法益の保護の程度を考えた場合、代表取締役等住所非表示措置についても、期間制限を設けることが妥当であると考える。
よって、代表取締役等住所非表示措置の非表示期間に2年程度の期間制限を設け、期間経過後も非表示措置を希望する場合は、更新の申出を利用するものとする制度とし、登記所が定期的に代表取締役等の住所を確認することができるような措置を講ずるべきである。
(4)住所非表示措置の対象の範囲について
【意見の趣旨】
代表取締役等住所非表示措置の対象の範囲として、代表取締役等に限定せず、プライバシー保護の要請の程度を踏まえて、株式会社の支配人や今回の改正案の施行前に退任した代表取締役等なども住所非表示措置の対象の範囲とすることを検討すべきである。
【意見の理由】
会社の支配人は、会社に代わって事業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有しているが(会社法第11条第1項)、その実情は会社の使用人であり、会社の指示に従って支配人に選任されているにすぎない立場であるにもかかわらず、今回の改正案では、支配人の住所の公開は維持されたままである。支配人の住所非表示は認めず、会社を経営し、従業員を雇用し、経営責任を追及される立場にあり、住所表示の要請が支配人より高い代表取締役等のみの住所非表示を認めることは、公示の要請とプライバシー保護の要請とのバランスが適切でないと考える。
また、現行では、代表取締役等が退任等を原因として役員変更の登記を申請した場合、登記事項証明書には、抹消する記号として代表取締役等の住所氏名部分に下線が引かれる方法で抹消されたことが表示されるため(商業登記規則第30条第4項)、退任した代表取締役等の住所氏名の記載は残されたままとなる。この退任した代表取締役等が、再度、代表取締役等に就任し、住所非表示の申出をした場合、新しい代表取締役等の就任の登記においては、住所が非表示となるが、過去に退任した際の登記については、下線が引かれた形で住所が表示されたままとなり、住所非表示の申出の効果が失われてしまう。
よって、代表取締役等住所非表示措置の対象の範囲として、株式会社の代表取締役等に限定せず、プライバシー保護の要請の程度を踏まえて、会社の支配人や今回の改正案の施行前に退任した代表取締役等なども住所非表示措置の対象の範囲とすることを検討すべきである。
(5)補正の促し等の事前の周知について
【意見の趣旨】
代表取締役等住所非表示措置を講じている代表取締役等について就任(重任)の登記を申請する際に、代表取締役等の住所を従前の住所と異なる住所で申請した場合(登記研究329号67頁)、株式会社が意図せず変更後の代表取締役等の住所が表示されてしまうことのないよう、申請人に対して事前に周知すべきである。
【意見の理由】
既に住所非表示措置が講じられている株式会社について代表取締役等の変更(重任)登記の申請を行った場合において、当該代表取締役等の住所が既に登記されている住所と異なる住所であるときは、会社が意図しないまま代表取締役等の住所が表示されてしまうことがないよう、申請人に対する補正の促し等により事前に周知すべきである。
(6)本店所在地における実在性について
【意見の趣旨】
改正案第31条の3第1項第1号イの資格者代理人が確認する本店の所在地における実在性については、当該株式会社の表札等が掲げられていることや当該株式会社宛ての郵便物が届くこと等の形式的な実在性ではなく、主たる事業所である等の本店機能を有する程度の実在性を要すると考えるべきである。
また、同規定の当該株式会社が受取人として記載された書面が当該株式会社の本店所在場所に宛てて配達証明用郵便等により送付されたことを証する書面について、当該郵便を転送不要郵便とする要件も加えるべきである。
【意見の理由】
改正案第31条の3第1項第1号イにおいては、代表取締役等住所非表示措置が講じられていない上場会社以外の株式会社が代表取締役等住所非表示措置の申出をする際に、資格者代理人が当該株式会社の本店所在地における実在性を確認した書面又は当該株式会社が受取人として記載された書面が当該株式会社の本店所在場所に宛てて配達証明用郵便等により送付されたことを証する書面を添付することとされている。
代表取締役等住所非表示措置については、プライバシー保護の観点から一定の重要性を持つ一方、登記上の代表取締役の住所は、代表取締役本人を特定するものとして重要な情報であり、訴訟上も訴状の送達等で重要な役割を担う。この両者の調整を図るものとして、代表取締役等住所非表示措置の申出をする際に、当該株式会社の実在性を証する書面を添付するものとされており、資格者代理人が実在性を確認した書面又は当該株式会社を受取人として記載された書面がその本店の所在場所に宛てて配達証明郵便等により送付されたことを証する書面が添付書類の一つとされている。
しかし、代表取締役等住所非表示措置を講じた場合、円滑な商取引のための信用確保や訴状送達場所として訴訟上の重要性等、本店の実在性の意義は相対的に高まると考える。そこで、資格者代理人が確認する当該株式会社の本店所在地における実在性については、単に当該株式会社の表札が掲示されていることや当該株式会社宛の郵便物が届くこと等の形式的な実在性では足りず、営業活動拠点である主たる事業所として、定款(会社法第31条)・株主名簿(会社法第125条)・計算書類(会社法第442条)等の各種書面又は電磁的記録が備え置かれていること等、当該株式会社の本店機能を有する程度の実在性を要すると考えるべきである。
また、当該株式会社が受取人として記載された書面が本店所在場所に宛てて配達証明郵便等により送付されたことを証する書面について、法人であっても郵便の転送サービスを利用することは可能であり、配達証明郵便等のみでは必ずしも当該株式会社の実在性を担保することはできない。
そこで、当該郵便等については、転送不要郵便とする要件も加えることにより、当該株式会社の実在性を担保すべきと考える。
(7)第三者からの申出による住所非表示措置の終了について
【意見の趣旨】
改正案第31条の3第4項第2号に関し、当該株式会社が受取人として記載された書面をその本店の所在場所に宛てて、転送不要扱いの配達証明郵便等により送付したにもかかわらず、受領不能であった場合等、代表取締役等住所非表示措置を講じた株式会社の本店がその所在地において実在すると認められないときは、第三者からの申出によって措置を終了させることができる旨の規定を設けるべきである。
【意見の理由】
第三者による申出を認めることで、当該株式会社に対して利害を有する者の権利保全が速やかに行えることとなる。会社法第915条第1項において「会社において第九百十一条第三項各号又は前三条各号に掲げる事項に変更が生じたときは、二週間以内に、その本店の所在地において、変更の登記をしなければならない。」と規定されているとおり、本店所在場所の変更が生じてから一定期間は登記記録と実態とが異なる可能性があるが、第三者による申出から相当の猶予を設けた後、非表示措置を終了させることとすれば、当該株式会社及び代表取締役等に不利益や支障が生じるものではない。
2.改正案第34条関係
帳簿等の閲覧請求について
【意見の趣旨】
代表取締役等住所非表示措置の申出に関する書類について、閲覧を請求することができる利害関係を有する者の範囲を検討すべきである。この場合、商業登記法第11条の2に規定する登記簿の附属書類の閲覧についての利害関係を有する者よりその範囲を拡大すべきである。
【意見の理由】
登記簿の附属書類は、株主リストや議事録等、登記事項とは無関係な内容の書面が含まれているため、閲覧できる者の範囲を厳格にする必要がある一方で、住所非表示措置の申出に関する書類の閲覧の当否は、取引実務や訴訟実務、消費者問題に対する影響にも配慮し、緩やかな運用が望まれる。
よって、代表取締役等住所非表示措置の申出に関する書類について、閲覧を請求することができる利害関係を有する者の範囲を検討すべきである。この場合、商業登記法第11条の2に規定する登記簿の附属書類の閲覧についての利害関係を有する者よりその範囲を拡大すべきである。
第2 電気通信回線による登記情報の提供に関する法律施行規則の一部改正案
について
【意見の趣旨】
登記情報の提供においても、代表取締役等住所非表示措置が講じられている株式会社及び株式当該会社から委任を受けた者並びに資格者代理人から請求がある場合には、引き続き当該株式会社の登記情報について住所が表示される措置を講ずるべきである。
【意見の理由】
第1、1(1)に記載の理由は、登記情報の提供においても同様である。よって、登記情報の提供においても、代表取締役等住所非表示措置が講じられている株式会社及び当該株式会社から委任を受けた者並びに資格者代理人から請求がある場合には、引き続き当該株式会社の登記情報について住所が表示される措置を講ずるべきである。
第3 附則について
【意見の趣旨】
本省令の施行日である令和6年6月3日は時期尚早であるから、相当期間延期すべきである。
【意見の理由】
当会が前各項に挙げた意見を踏まえ、各規定の再度の検討及び申請人等に対し代表取締役等住所非表示措置手続を周知させる準備期間のため、本省令の施行日を相当期間延期すべきである。
以上