職権により生活保護を適用する際の運用の見直しに関する会長声明
職権により生活保護を適用する際の運用の見直しに関する会長声明
令和6年9月13日
東 京 司 法 書 士 会
会 長 千 野 隆 二
1.令和6年8月23日、厚生労働省は、認知症などで判断能力が大幅に低下している身寄りのない者に関する後記行政相談に対する総務省の行政改善推進会議の意見を踏まえ、職権による生活保護(医療扶助)の適用を受けることにより国民健康保険又は後期高齢者医療制度(以下「国民健康保険等」という。)が適用されなくなる者について、その後に資力があることが判明した場合に医療費の予期せぬ負担を強いられてしまうケースがあることから、これを防止するため、本人の資力の有無が判明し、かつ、本人の資力が活用可能となるまでの間、職権による生活保護の適用をせず国民健康保険等の適用を維持した上で、その間の医療費を負担する市町村等による一部負担金の徴収を猶予し、緊急の医療措置に対応できるよう改善(以下「本件改善」という。)した旨を公表した。
2.当会は、上記行政相談の内容について、平成26年12月26日付け「生活保護費返還義務と社会保険制度の関わりについての会長声明」(以下「平成26年会長声明」という。)を発出して問題提起し、「本来、法や制度が予定しているものではなく、法制度の狭間で発生した偶発的な不利益であり、早急なる改善が必要」である旨の提言をしていたが、本件改善についてまとめられた令和6年6月28日開催の行政改善推進会議の付議資料において、平成26年会長声明における上記提言が引用されており、当会の働きかけが運用の見直しの一助になったものであると評価することができる。
しかし、平成26年会長声明後、本件改善がなされるまでに10年を経過しており、その間に、令和2年6月には、東京高等裁判所において、財産管理能力を失った高齢者に職権により生活保護を開始した事件について、医療費全額の返還請求があることの十分な理解を得ないままに行ったことに違法があったとし、医療費の返還請求(約490万円)を取り消す旨の判決があり、厚生労働省は、この判決を受け、扶養義務者への説明、扶養義務者へ預貯金引出しへの協力依頼、市町村長による成年後見手続の迅速化を促す事務連絡「認知症等により判断能力が不十分な方に生活保護法第63条の適用を前提に保護を開始する場合の取扱いについて」を発出したものの、それ以降も、本来であれば国民健康保険等の被保険者として医療費の1割から3割の負担で済むはずの者に医療費全額が請求されている事例が発生していた。
本件改善は、あくまでも現行の法制度の中でのものにすぎず、言い換えれば、今まで実施しようとすれば早期に実施できたはずであり、それにもかかわらず、長期間にわたり実施されなかったのは、厚生労働省の問題意識の低さを表すものである。また、上記高裁判決後も同様の事例が発生していた要因の一つは、市町村の医療保険部局と生活保護部局の連携不足であり、この点は、上記行政改善推進会議でも触れられている。
本件改善は、市町村の医療保険部局と生活保護部局のみならず、両局と現場の成年後見人や福祉関係者との適正な連携を前提とするものである。
当会は、本件改善の内容が画餅に帰すことにならないよう注視し続けるとともに、成年後見制度、生活保護制度に大きな関わりをもつ我々司法書士が率先して情報を発信し、さらなる制度の改善に寄与していく所存である。
以上
行政相談の内容
認知症などで判断能力が大幅に低下している身寄りのない患者が病院に運ばれ、即時入院が必要なときなどにおいては、福祉事務所が職権で生活保護(医療扶助)の開始を決定し、医療機関に医療費を支払うこととなる(生活保護の開始時点で国民健康保険及び後期高齢者医療制度からは適用除外となる。)。
その後、患者に資力があることが判明したときは、生活保護の費用返還義務が発生し、医療費全額の返還が求められる。
本来であれば被保険者として医療費は1割から3割負担で済むにもかかわらず、10割負担しなければならないのは不合理であるため、制度的な改善をお願いしたい。