パブリックコメント「不動産登記規則等の一部を改正する省令」に関する意見
パブリックコメント
「不動産登記規則等の一部を改正する省令」に関する意見
(案件番号 300080314)
令和6年11月29日
東京司法書士会
当会は、標記省令案に関して意見を述べる。
不動産登記規則の一部改正案について
一、検索用情報としての電子メールアドレスについて
【意見の趣旨】
職権による自然人についての住所等変更登記の手続において、登記名義人に意思確認をする方法として、検索用情報管理ファイルに電子メールアドレスを記録すること及び検索用情報として電子メールアドレスを提供させることについて反対する。
登記名義人に意思確認する方法は、例えば、住基ネットから取得した氏名・住所の変更情報を基に郵送で行うなど、電子メール以外の方法で行うべきである。
【意見の理由】
1.所有権移転登記の申請要件の加重
本改正案では、検索用情報として電子メールアドレスを記録することが定められているだけで、その提供が必須なのか任意なのかは不明確であるものの、必ず提供しなければならないとした場合には、自然人による所有権移転登記等の申請の新たな要件の追加となり、記録するための電子メールアドレスを保有していない自然人は登記申請人になることができないこととなる。
令和6年版情報通信白書(総務省)によれば、個人のインターネット利用率は86.2%となっており、年齢階層別のインターネット利用率は、70歳以降年齢階層が上がるにつれて利用率が低下する傾向にあるとされている。今後、高齢化社会が進展するなか、高齢の相続人が増えるにもかかわらず、所有者不明土地問題解消のための施策の一つとして、電子メールアドレスの提供を申請要件とすることで相続登記の申請人の負担を増やすことは適当ではない。
一方で、電子メールアドレスの提供を任意とした場合には、どの程度の件数の登録があるのか分からないにもかかわらず、次項で述べるように、電子メールアドレスを意思確認の方法に用いることができるように適切に運用するには、本改正案の方法では不十分であり、さらに電子メールアドレスを用いることの問題点の対策のために相当の準備と費用が必要となると考えられ、費用対効果においても大いに疑問がある施策となるおそれがあることから、任意とすることについても反対である。
2.電子メールを連絡用の手段として用いるための課題
登記申請時に電子メールアドレスを提供させることとする場合であっても、以下の理由のとおり、電子メールアドレスを意思確認の方法に用いることができるように適切に運用するには、本改正案の方法では不十分である。
(1)電子メールアドレスの適切な提供方法
一般に、インターネット上の各種サービス等を利用するに当たり、利用登録のために利用者が電子メールアドレスを登録する場面においては、適切に電子メールアドレスを登録するための各種工夫が施されている。
利用登録者が、①現在保有する電子メールアドレスを、②綴り等を間違えることなく正確に提供し、③サービス提供者が綴り等を間違えることなく記録し、④その電子メールアドレスに送信したメールが利用登録者の元に確実に届くことを確認することができるような仕組みが必要である。例えば、電子メールアドレスを1回入力するだけでなく確認用として2回入力させた上で、本人確認や迷惑メール対策として利用者が入力した電子メールアドレス宛てに確認用メールが届き、そのメールに記載されているWEB上のリンクをクリックして確認することで、利用登録が完了するような方法である。
しかし、本改正案では、申請情報の内容として電子メールアドレスを申し出るものとしているのみで、電子メールアドレスを適切に提供するための工夫が見られない。このような工夫がないと、提供された電子メールアドレス宛てに送信した電子メールが登記申請人に適切に届いているか確認することができず、また、登記申請人が誤った電子メールアドレスを申請情報として提供するおそれもあるほか、登記申請人が提供した手書きの電子メールアドレスについて、登記官が綴り等を誤って検索用情報管理ファイルに記録するおそれもある。
少なくとも、提供された電子メールアドレス宛てに電子メールを送信して、当該メールが登記申請人に適切に届くことまで確認できるような対策を講じる必要がある。
(2)フィッシングやなりすましメール詐欺の恐れ
個人の多くは、自らが電子申請等を利用して申請、請求、問合せ等をした場合を除き、法務省や法務局といった国の機関からの電子メールを受信することは通常ない。しかし、今後、法務省、法務局等が所有権登記名義人への意思確認のために電子メールを用いることが広く周知された場合、法務省や法務局を装った電子メールを送信するフィッシング詐欺やなりすまし詐欺が横行することが危惧される。
政府も、偽サイト(フィッシングサイト)によるフィッシング詐欺被害の拡大といった情勢を受けて、本年6月に犯罪対策閣僚会議を開催し「国民を詐欺から守るための総合対策」を取りまとめている。この総合対策ではフィッシング対策としてフィッシングサイトへのアクセスを防ぐ策として3つの点を挙げているが、本改正案では、このような防止策に関する言及が一切されていない。
本改正案で提案する方法が、政府が推奨するようなフィッシング対策が行われ、国民が安心して利用できる手続となるように対策を取るべきである。
(3)電子メールアドレスの確認、変更方法
所有権登記名義人が登記申請時に電子メールアドレスを提供し、5年や10年経過若しくはもっと長い期間を経た後に、登記名義人が住所変更等をすることは多々あると想定されるが、それよりも短い期間や頻度で電子メールアドレスは変更される機会も多いと考えられる。
長期間、同じ電子メールアドレスを利用していると、迷惑メールやなりすましメールが徐々に増えて大量に届くようになることが少なくない。これらの迷惑メール等が届くことを防止するための対策の一つとして、電子メールアドレスを変更することが通信事業者等において紹介されている。
その他にも、通信事業者のキャリアメールであれば携帯電話会社の変更、スマートフォンメーカー提供のクラウドメールであればスマートフォンやパソコンの機種の変更、インターネットプロバイダー提供の電子メールであれば引っ越し等やプロバイダーの変更などによっても、電子メールアドレスの中止や変更は十分に想定される。
したがって、登記申請時に電子メールアドレスを提供させることとするのであれば、電子メールアドレスを適切に管理するため、登記名義人が、いつでも簡易に、記録された電子メールアドレスを確認することができて、最新の情報に変更することができるような仕組みを構築するべきである。
(4)DV被害者等の相手方に対する情報漏洩の恐れ
電子メールアドレスを夫婦や親子などの家族間で共有し、又は家族の一部が管理しているようなケースも想定されるが、検索用情報管理ファイルに当該電子メールアドレスが記録された後、所有権登記名義人にDV被害等による保護の必要性が生じ、住所を変更した場合において、本改正案では、共有し、又は管理する相手方に意思確認メールの内容が知られてしまうような事態も想定される。
したがって、DV被害者等の相手方に対する情報漏えいのおそれを最大限排除する対策を講じるとともに、前項で述べたように、登記名義人が、いつでも簡易に、記録された電子メールアドレスを確認し、最新の情報に更新することができるような仕組みを構築するべきである。
以上の理由から、検索用情報として電子メールアドレスを提供させることに反対し、かつ、登記名義人に意思確認する方法は、例えば、住基ネットから取得した氏名・住所の変更情報を基に郵送で行うなど、電子メール以外の方法で行うべきである。
3.国民のITサービス利用状況の変化
10年以上前であれば、インターネット上のメッセージングサービスとして電子メールを利用する方法が多く用いられていたが、昨今では、スマートフォンアプリによるSNSサービスやメッセージングサービス(以下「SNS等」という。)を利用することが増えている。
仕事上で電子メールアドレスを利用することは日常的にあるものの、SNS等のさらなる普及により、電子メールを日常的な連絡用のツールとして利用することは減少するおそれがある。特に、10代、20代のITサービス利用者は、パソコンでなくスマートフォンを用いてインターネットを利用し、連絡用ツールとしてはSNS等を利用しているケースが多く、この傾向は今後続くと考える。
今後、5年、10年の時間の経過に伴い、IT技術の進展、各種ITサービスの多様性の広がりとその普及が見込まれるなか、所有者不明土地問題という解決までに長期間が必要とされる問題に対して、電子メールが将来的に継続的に利用されていくことを前提とする施策を用いることについて疑問を抱かざるを得ず、再度検討するように要望する。
また、本改正案において、検索用情報として電子メールアドレスに関する事項を設けることとなった背景には、デジタル社会の実現(デジタル第一原則)の基本理念があったことが窺えるが、『誰一人取り残されないデジタル社会』に向けた、きめ細やかな環境整備において、本改正案は不十分と言わざるを得ず、再考を要望する。
二、改正省令の施行期日について
【意見の趣旨】
本改正省令を令和7年4月21日から施行することは時期尚早であり、令和8年5月26日以降から施行するべきである。
【意見の理由】
本改正案では、所有権の登記名義人となる者が検索用情報同時申出をする場合には、所有権の登記名義人となる者の氏名の振り仮名に掲げる事項を証する市町村長その他の公務員が職務上作成した情報をその申請情報と併せて登記所に提供しなければならないとされている(改正案第158条の39第2項)。また、所有権の登記名義人が検索用情報単独申出をする場合には、所有権の登記名義人の氏名の振り仮名に掲げる事項を証する市町村長その他の公務員が職務上作成した情報をその検索用情報申出情報と併せて登記所に提供しなければならないとされている(改正案第158条の40第8項第3号)。
この「氏名の振り仮名に掲げる事項を証する市町村長その他の公務員が職務上作成した情報」には、氏名の振り仮名の記載された戸籍全部事項証明書又は戸籍個人事項証明書がその情報の一つに該当すると考えられる。
戸籍法の一部改正(令和5年6月9日法律第48号)(以下、改正後の戸籍法を「改正戸籍法」という。)により、戸籍には戸籍内の各人について氏名の振り仮名が記載されることとなる(改正戸籍法第13条第1項第2号)。具体的には、本籍地の市町村長は、改正戸籍法施行日(令和7年5月26日)後遅滞なく、戸籍に記載されている者に対し、氏名の振り仮名に関する情報を通知し、改正戸籍法施行日から1年を経過した日(令和8年5月26日)に通知に記載された振り仮名が戸籍に記載されることとなる(改正戸籍法附則第9条)。ただし、改正戸籍法施行日から1年以内に限り、戸籍に記載されている者は、氏名の振り仮名の届出をすることが可能である(改正戸籍法附則第8条)。
したがって、振り仮名が戸籍に記載される時期については、早ければ令和7年5月26日から、遅くとも令和8年5月26日には戸籍内の各人の氏名に振り仮名が記載されることとなる。
本改正省令を令和7年4月21日から施行した場合、施行日時点では、検索用情報申出情報と併せて振り仮名が記載された戸籍全部事項証明書又は戸籍個人事項証明書を提供することはできない。遅くとも令和8年5月26日には戸籍内の各人の氏名に記載される振り仮名が確定することから、本改正省令は同日以降に施行することが適切であると考える。
以上