「民法(遺言関係)等の改正に関する中間試案」に関する意見書
令和7年9月22日
法務省民事局参事官室 御中
東京司法書士会
会長 千 野 隆 二
「民法(遺言関係)等の改正に関する中間試案」に関する意見書
司法書士は、遺言書を使用して、不動産の相続登記のほか、預貯金、株式等の相続手続を代理する業務を取り扱う。しかしながら、要式を欠く、又は遺言執行者の取決めが無い等の理由から手続が行えない遺言書も散見される。
相続手続の専門家として実務的な観点から、無効となる遺言書を減らすべく本意見を発出するものである。
以 上
第1 普通の方式におけるデジタル技術を活用した新たな遺言の方式の創設
1 新たな遺言の方式
以下の甲案から丙案までのうち、一つ又は複数の方式を創設することについて、引き続き検討する(前注1)(前注2)。
(前注1)乙案及び丙案の双方又はいずれか一方に加え、甲案の方式を創設した場合には、乙案又は丙案と甲案との関係
について、甲案の方式で作成した遺言のうち、乙案の①の要件を充たすものについては、乙案の②から④までの手続を
経ることにより、乙案の方式によることもできることになると考えられる(甲案の方式で作成した遺言の電磁的記録を
プリントアウトした上で、丙案の方式によることができることも同様である。)。
(前注2)本試案において、「電磁的記録」とは、特に明示しない限り、「電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によ
っては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるもの」をい
い、録音、録画により作成された電磁的記録を含まないものとする。
これに対し、録音、録画により作成された電磁的記録を含む場合には、「録音及び録画を同時に行う方法により電磁
的記録に記録」などとして、その旨を明示する。
【甲案】遺言の全文等を電磁的記録により作成し、遺言者による全文等の口述を録音等により記録して遺言する方式
【甲1案】証人の立会いを要件とする案
本方式による遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならないものとする。
① 遺言者が、電磁的記録に遺言の全文、日付、自己の氏名及び証人の氏名その他証人を特定するに足りる事項を
記録すること(注1)(注2)。
② 遺言者が、証人二人以上の前で、①の電磁的記録が自己の遺言に係るものである旨、記録されている全文(財
産目録(①の電磁的記録に一体のものとして記録された相続財産の全部又は一部の目録をいう。以下同じ。)を
除く。)、日付及び自己の氏名を口述すること(注3)(注4)(注5)(注6)。
③ 証人が、遺言者に対し、①の電磁的記録に記録された内容が②の口述の内容と符合することを承認した後、記
録されている自己の氏名その他証人を特定するに足りる事項を口述すること。
④ ②及び③の口述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により電磁的記録に記録すること(注7)(注
8)。
(注1)遺言者の指示を受けた者が①の遺言の全文、日付、遺言者の氏名及び証人の氏名その他証人を特定するに
足りる事項を記録することも許容されることを前提としている。
(注2)①の電磁的記録に、遺言者が電子署名を行うものとすることも考えられる。
(注3)証人となることができる者の資格について、証人の欠格事由を定める現行の規定(民法第974条)が適
用されることを想定しているが、本方式における証人の役割等に照らし、更なる資格の制限が必要かについて引き
続き検討する。
(注4)「遺言の全文」に代えて、「遺言の趣旨」を口述するものとすることについて引き続き検討する。
(注5)遺言者又は証人が口がきけない者であるとき又は耳が聞こえない者であるときは、通訳人の通訳により申述
すること又は遺言者若しくは証人が入力する文字情報を電子計算機を用いて同時に音声に変換することにより、口
述に代えるものとするとの規律を設けることを想定しているが、その具体的規律は引き続き検討する。
(注6)証人が、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法(以下
「ウェブ会議の方法」という。)により立ち会うことができるものとすることについて引き続き検討する。
(注7)④の電磁的記録が①の電磁的記録に関するものであることを明らかにするため、これらを一体のものとする
ことなどを含め、どのような措置をとることが必要かについて、引き続き検討する。また、①及び④の電磁的記録に
ついて、事後的な改変を防止するため、(注2)のほかに、どのような措置をとることが必要かについて、引き続き
検討する。
(注8)遺言書の検認の規定(民法第1004条)はこの方式によってされた遺言にも適用するものとし、家庭裁判所
において、検認時における遺言の状態を保全し偽造、変造、隠匿等を予防する目的で、①から④までに規定する方式
に関する事項を見分することを想定しているが、現行の検認手続の枠組みの中で、検認の結果を踏まえて遺言執行を
受ける金融機関、法務局等において方式要件の充足性を判断することができるか否か等について、引き続き検討する。
【甲2案】証人の立会いを不要とし、これに相当する措置を講ずる案
本方式による遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならないものとする。
① 遺言者が、電磁的記録に遺言の全文、日付及び自己の氏名を記録し、電子署名を行うこと(注1)(注2)。
② 遺言者が、①の電磁的記録に記録されている遺言の全文(財産目録を除く。)、日付及び自己の氏名を口述するこ
と(注3)。
③ ②の口述【及びその状況】を録音【及び録画を同時に行う方法】により電磁的記録に記録すること(注4)。
④ ③の記録をするに当たっては、遺言者の周囲に遺言者以外の者が立ち会わない状況の下においてされたことを明ら
かにするとともに、遺言者以外の者が②に定める口述をすることができないようにする措置をとること(注5)(注
6)(注7)(注8)。
(注1)遺言者の指示を受けた者が①の遺言の全文、日付及び遺言者の氏名を記録することも許容されることを前提
としている。
(注2)遺言者が③の記録のために民間事業者のサービスを利用した際に、民間事業者が①の電子署名に係る電子証
明書が失効していないかを確認するものとすることも考えられる。
(注3)遺言者が口がきけない者である場合に、通訳人の通訳により口述に代えるものとするとの規律を設けること
について、引き続き検討する。
(注4)③の電磁的記録が①の電磁的記録に関するものであることを明らかにするため、これらを一体のものとする
ことなどを含め、どのような措置をとることが必要かについて、引き続き検討する。
(注5)遺言者の周囲に遺言者以外の者が立ち会わない状況の下においてされたことを明らかにする措置として、例
えば、口述を開始する時点で、遺言者の周囲の状況を撮影した画像を記録することとしたり、民間事業者がウェブカ
メラ越しで確認したりすることが考えられる。また、遺言者以外の者が口述をすることができないようにする措置と
して、例えば、口述を開始する時点で、遺言者の顔貌等を撮影した画像を記録することとしたり、あらかじめ登録し
た情報に基づき生体認証を行うこととしたりするほか、口述をしている期間中、生体認証や振る舞い認証等を組み合
わせることで遺言者本人であることを確認することが考えられる。
(注6)①の電磁的記録については電子署名を行うことによって、当該記録された情報について改変されていないかど
うかを確認することができるものであることは担保されていると考えられるものの、電子署名に係る電子証明書の有
効期間等を踏まえ、①及び③の電磁的記録について更なる改変防止措置をとることの要否については、引き続き検討
する。
(注7)デジタル技術の急速な進展が見込まれること等を踏まえ、④の規律については、法律上必要とされる一定の
要件を規定した上で、細目を主務省令に委任するものとすることについて、引き続き検討する。
主務省令に委任する場合の当該省令の規律の在り方については、遺言者が適切なデジタル技術を用いて遺言するこ
とができるようにし、事後的に遺言が無効となる事態を防止する観点から、法律において、④の要件に代えて、遺言
者の周囲に遺言者以外の者が立ち会わない状況の下において、遺言者以外の者が②に定める口述をすることができな
いようにする措置として主務省令で定める基準に適合するものをとるものとし、かつ、この基準を充たす民間事業者
のサービスについて主務大臣による認定を行うものとした上で、主務省令において、④の具体的な基準を定めること
について、引き続き検討する。
(注8)遺言書の検認の規定(民法第1004条)はこの方式によってされた遺言にも適用するものとし、家庭裁判所
において、検認時における遺言の状態を保全し偽造、変造、隠匿等を予防する目的で、①から④までに規定する方式に
関する事項を見分することを想定しているが、現行の検認手続の枠組みの中で、検認の結果を踏まえて遺言執行を受け
る金融機関、法務局等において方式要件の充足性を判断することができるか否か等について、引き続き検討する。
【意見】
1 「第1」1 新たな遺言の方式【甲案】について
デジタル技術を活用した新たな遺言方式としての【甲案】(甲1案・甲2案)には反対する。
【理由】
1 デジタル技術を活用した遺言方式における真正性確保の必要性
デジタル技術を活用した新たな遺言の方式を創設するとすると、自筆を要しない方式の遺言となるため、第三者が遺言
作成者に真意とは異なる文面を提示し、これを音読させるといった事態が生じることが懸念される。
さらに、近時の生成AIやディープフェイク技術の進展は著しく、適正に作成されたデジタル遺言であるにもかかわら
ず、相続開始後にその真正性について疑念を抱く者が生じるおそれや、真正性について疑念を呈する者が生じるおそれが
懸念される。
真正性について疑義が呈されれば、遺言執行者や相続人は、遺言の執行行為を保留せざるを得なくなり、遺言作成者の
遺言の趣旨に沿った迅速な遺産の承継が実現できない。
デジタル遺言の真正性に疑義が呈され、訴訟となった場合、遺言の真正性を立証するためには、デジタルデータに偽
造、改ざんがないことを証明する必要がある。その立証を訴訟当事者自らが行うことは容易ではなく、専門的知見を有す
る第三者による鑑定に依拠せざるを得ないと考えられるが、鑑定には相当の費用と時間を要することが予想され、紛争解
決の迅速性を著しく損なう。
したがって、デジタル技術を活用した新たな遺言方式を設計するに当たっては、相続開始後における真正性をめぐる争
いを未然に防止し得る制度的保障が不可欠である。
2 【甲案】の問題点
(ア) 作成過程を私人に委ねることの問題点
【甲案】においては、【甲1案】【甲2案】いずれにおいても、遺言作成の過程が私人に委ねられており、真正性をめ
ぐる紛争を予防する機能を十分に果たし得ない。
【甲1案】は証人二人が立ち会うことを要件としているが、実際には証人が遺言者を誘導し、真意と異なる遺言が作成
されるおそれがある。制度上、証人が二名存在しても、そのことによる真正性の担保機能は限定的であるといえる。
【甲2案】は証人を不要とし、代替的な措置を講ずる方式では、遺言者の周囲に他者がいないことを確認するとして
も、実際に他者が介在しないことを担保するのは難しく、制度としての信頼性に乏しい。
(イ) 技術的改ざんのリスク
【甲1案】及び【甲2案】のいずれにおいても、録音や録画が要件とされているが、動画や音声の編集技術が高度化し
ている現状においては、映像や音声を改変し、例えば、財産の受取人である相続人や受遺者をすり替えることも技術的に
可能である。
こうした改ざんを制度的に防止する仕組みが講じられていない限り、デジタル技術を活用した遺言方式は、新たな紛争
を誘発する危険がある。
(ウ) 生成AIやディープフェイク技術による偽造のリスク
生成AIやディープフェイク技術により、遺言書作成者とされる本人が一切関与していない遺言が偽造されるリスクも考
えられる。これらの技術を用いて、本人の声や映像を極めて精巧に再現し、実際に本人が遺言を口述、録画したかのよう
なデータを生成された場合、被相続人の真意とは全く異なる遺産承継が実現してしまうリスクがある。
(エ) 検認手続時の不都合
【甲案】は、遺言の作成及び保存を私人に委ねる方式であり、遺言の検認の手続(民法1004条)が必要となるもの
とされている。
検認手続においては、録音、録画の内容と、電磁的記録によって作成された遺言の全文とが一致するかを確認する必要
があると考えられる。
しかし、遺言を私人がデジタル技術を用いて作成する場合、そのデータ形式は多様化することが予想され、裁判所が当
該データ形式に対応できず、検認手続に支障を来す事態も想定される。
また、ウイルス対策も不可欠であり、裁判所側の受け入れ態勢を構築するためには、システム改修上、相当なコストが
かかることが予想される。
さらには、録音、録画の内容が長時間に及ぶ場合、裁判所及び相続人は、その全編を確認するために検認手続に相当な
時間を費やさざるを得ず、手続の迅速性が著しく損なわれるおそれがある。
(オ) 遺言の内容を記録した電磁的記録の内容と録音及び録画を記録した電磁的記録の内容とに不一致があった場合
の不都合
【甲1案】及び【甲2案】のいずれにおいても、2つの電磁的記録(①遺言の内容を記録した電磁的記録並びに②録音
及び録画を記録した電磁的記録)が作成され、保管されることとなる。そして、実際に作成された①及び②の電磁的記録
が【甲1案】又は【甲2案】に基づく遺言が成立するための要件を立証する存在となることとなる。したがって、仮に、
【甲1案】又は【甲2案】に基づき実際に作成された①の電磁的記録の内容と②の電磁的記録の内容との間に不一致又は
齟齬が生じていた場合には、遺言の真正な成立に疑義が生ずることとなり、実務上、円滑な検認手続及び執行手続に支障
をきたすおそれが生ずることを否定しがたいものと考えられる。
(カ) まとめ
以上の理由から、【甲案】は、遺言の真正性に関する紛争を予防する仕組みとして不十分であることに加え、検認手続
における支障が予想されるため、採用することには慎重であるべきである。
遺言の真正性を担保するためには、作成過程に第三者的機関が関与、検証する仕組みを設けることが不可欠であると考
える。
また、遺言の真正性を担保することにより、検認手続を不要とする制度設計が望ましい。
【乙案】遺言の全文等を電磁的記録により作成し、公的機関で当該電磁的記録を保管して遺言する方式
本方式による遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならないものとする。
① 遺言者が、電磁的記録に遺言の全文及び氏名を記録し、電子署名を行うこと(注1)。
② 遺言者が、電子情報処理組織を使用する方法(オンラインの方法)により、公的機関に対し、①の電磁的記録、申請
情報及び添付情報を提供して、保管の申請をすること(注2)。
③ 公的機関が、申請人(遺言者)に対し、当該申請人が本人であるかどうかの確認をするため、当該申請人を特定する
ために必要な氏名その他の主務省令で定める事項に係る情報(電子署名に係る電子証明書(マイナンバーカードに記
録された署名用電子証明書等)等)の提供又はこれらの事項についての説明を求めること。
④ 遺言者が、公的機関に出頭し、①の電磁的記録に記録された遺言の全文(財産目録を除く。)を口述すること。ただ
し、公的機関は、遺言者から申出があり、かつ、当該申出を相当と認めるときは、ウェブ会議の方法によって上記の
口述をさせることができる。(注3)(注4)(注5)
⑤ 公的機関が、保管の申請手続が②から④までに従って行われた旨を記録し、①の電磁的記録を保管すること。
(注1)遺言者の指示を受けた者が①の遺言の全文及び遺言者の氏名を記録することも許容されることを前提としてい
る。
(注2)申請情報とは遺言者の氏名、出生の年月日、住所、本籍等を記録した情報とすることを、添付情報とはそれら
を証明する情報とすることを、それぞれ想定している。
(注3)どのような場合にウェブ会議の方法によることを認めるものとするか、及びその具体的な手続の在り方につい
て、引き続き検討する。
(注4)遺言の全文を口述する方法に代えて、遺言者が、主務省令で定めるところにより、①の電磁的記録が自己の遺
言に係るものである旨の宣誓を行うものとすることも考えられる。
(注5)遺言者が口がきけない者であるときは、遺言者は、公的機関の前で、遺言の全文を通訳人の通訳により申述
し、又は自書して(ワープロソフト等を利用して機器の映像面に文字を表示する方法も含む。)、口述に代えることが
できるものとするとの規律を設けることを想定しているが、その具体的規律は引き続き検討する。
【意見】
1 「第1」1 新たな遺言の方式【乙案】について
【乙案】に賛成する。
なお、公的機関は、法務局が適切であると考える。
【理由】
(ア)公的機関の関与による真正性担保機能
【乙案】は、遺言の作成及び保管に公的機関を関与させる点で、【甲案】と比較して真正性をめぐる紛争を予防する機
能が格段に高い。私人に委ねられた方式では、作成過程における不正の可能性や、相続開始後に真正性について疑義が生
じる危険を十分に払拭できないのに対し、公的機関が本人確認や手続の適正性を担保することにより、遺言の真正性に関
する後日の争いを大幅に低減することができる。
(イ)技術的改ざんリスクの排除
【甲案】においては、録音、録画データや電子ファイルに対する改ざんの可能性が残る。しかし【乙案】では、公的機
関において電磁的記録が保管されるため、私人が恣意的にデータを編集、改変する余地がなく、技術的改ざんのリスクを
実質的に排除できる。
(ウ)生成AI、ディープフェイク技術による偽造リスクの排除
近時急速に進展する生成AIやディープフェイク技術を用いれば、遺言者本人が一切関与していないにもかかわらず、あ
たかも本人が作成したかのように見える遺言データが偽造される危険がある。【甲案】はこのリスクを制度的に防止し得
ないのに対し、【乙案】は公的機関が本人確認を行った上で遺言を保管するため、この種の偽造リスクを制度的に遮断す
ることができる。
(エ)検認手続不要による実務的利点
【甲案】では、相続開始後に検認手続が必要となり、裁判所及び相続人が録音、録画の内容やデータ形式を確認するな
どの負担が避けられない。他方、【乙案】は公的機関において遺言が適式に保管されるため、検認手続が不要となり、紛
争予防効果とともに実務の迅速性、効率性が確保される。
(オ)迅速な遺産承継、遺言執行
【乙案】は、前述のとおり検認手続を要しないため、相続開始後直ちに遺言の趣旨に沿った遺産承継や遺言執行を行う
ことができる。
さらに、公的機関が本人確認を行い、適式に保管する仕組みが整うことで、相続開始後に遺言の真正性をめぐる紛争が
生じる可能性は、【甲案】に比して大幅に抑制される。その結果、遺言執行者は速やかに執行を開始できるだけでなく、
真正性をめぐる争いにより執行行為を中断せざるを得なくなる事態も未然に防止することができ、執行行為を安心して履
行できるものと考える。
(カ)公的機関を法務局とすることについて
新たな遺言制度における保管機関としては、法務局を担い手とするのが最も適切であると考える。
第一に、法務局は既に「自筆証書遺言書保管制度」を運用しており、遺言書の収受、形式審査、原本保管、画像情報
化、証明書発行といった一連の実務を蓄積している。新制度を法務局に一元化すれば、既存の仕組み、人的資源及びシ
ステムを活用でき、制度構築にかかる追加的コストを大幅に抑えることができる。
第二に、自筆証書遺言書保管制度には、公正証書遺言にも備わっていない「通知制度」が設けられている。すなわち、
遺言者の死亡が戸籍上確認されると、あらかじめ指定された相続人等に対して、遺言書が保管されている旨が通知され
る。この制度は、遺言の存在が発見されないまま埋没することを防ぎ、相続開始後の紛争防止に資するものである。新
制度においても、この通知制度を適用、拡充することにより、遺言の発見可能性が確保され、遺言の真正な執行が一層
担保される。
第三に、同一の機関で自筆証書遺言と新たなデジタル遺言を統合的に取り扱うことで、両制度の運用の統一性、整合性
が確保される。仮に別の機関を新設すれば、利用者にとって手続窓口が二重化し、行政側にも無用のコストが生じる上、
制度間の連携が困難となる。
以上からすれば、法務局を保管機関として位置付けることが最も合理的であると考える。
【丙案】電磁的記録をプリントアウトするなどして遺言の全文等が記載された書面を作成し、公的機関で当該書面を保管
して遺言する方式
本方式による遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならないものとする。
① 遺言者が、全文が記載された遺言書に署名すること(注1)。
② 遺言者が、公的機関に対し、①の遺言書、申請書及び添付書類を提出して、保管の申請をすること(注2)(注3)。
③ 公的機関が、申請人(遺言者)に対し、当該申請人が本人であるかどうかの確認をするため、当該申請人を特定する
ために必要な氏名その他の主務省令で定める事項を示す書類(マイナンバーカード等)の提示若しくは提出又はこれら
の事項についての説明を求めること。
④ 遺言者が、公的機関に出頭し、①の遺言書に記載された遺言の全文(財産目録を除く。)を口述すること。ただし、
公的機関は、遺言者から申出があり、かつ、当該申出を相当と認めるときは、ウェブ会議の方法によって上記の口述を
させることができる。(注4)(注5)(注6)
⑤ 公的機関が、保管の申請手続が②から④までに従って行われた旨を記録し、①の遺言書を保管すること。
(注1)遺言者の指示を受けた者が遺言の全文を記録した電磁的記録をプリントアウトし、又は全文を記載することも
許容されることを前提としている。
(注2)申請書には遺言者の氏名、出生の年月日、住所、本籍等を記載することを、添付書類とはそれらを証明する書類
とすることを、それぞれ想定している。
(注3)遺言者が、出頭又は郵送して遺言書、申請書及び添付書類を提出することを想定している。
(注4)どのような場合にウェブ会議の方法によることを認めるものとするか、及びその具体的な手続の在り方につい
て、引き続き検討する。
(注5)遺言の全文を口述する方法に代えて、遺言者が、主務省令で定めるところにより、①の遺言書が自己の遺言に係
るものである旨の宣誓を行うものとすることも考えられる。
(注6)遺言者が口がきけない者であるときは、遺言者は、公的機関の前で、遺言の全文を通訳人の通訳により申述し、
又は自書して(ワープロソフト等を利用して機器の映像面に文字を表示する方法も含む。)、口述に代えることができ
るものとするとの規律を設けることを想定しているが、その具体的規律は引き続き検討する。
【意見】
【丙案】については、反対する。
【理由】
【丙案】は、電磁的記録をプリントアウトした紙媒体を遺言書として保管する方式を前提としている。しかし、この
方式は外観上「印字された全文に署名すれば足りる」かのように見え、社会一般において自筆証書遺言(民法第968条)
の方式が緩和されたとの誤認を広める危険がある。
仮に「全文の自書を欠いても署名さえあれば有効」との誤解が浸透すれば、自筆証書遺言制度本来の安定性を根底
から揺るがしかねない。
新たな方式による遺言制度は、従来の自筆証書遺言とは明確に区別されるべきであり、その内容は全面的にデジタル
技術を活用した制度設計とするのが相当である。
2 保管制度の在り方
本文1において【乙案】又は【丙案】を採用した場合の保管制度について、次の考え方に基づく規律を設けるもの
とする。
⑴ 相続人、受遺者、遺言執行者等(以下「相続人等」という。)は、相続開始後、公的機関に対し、①自己が相続人
等に当たる遺言に係る電磁的記録又は遺言書が保管されているか否かを証明する書面又は電磁的記録の提供、②当
該遺言の内容の閲覧、③当該遺言の内容を証明する書面又は電磁的記録の提供を請求することができる(注1)
(注2)。
⑵ 公的機関は、⑴②の閲覧をさせ又は③の書面若しくは電磁的記録を提供したときは、他の相続人等に対し、遺言に
係る電磁的記録又は遺言書を保管している旨を通知する。
⑶ 公的機関は、遺言者の死亡の事実を確認したときは、あらかじめ遺言者が指定した者に対し、遺言に係る電磁的
記録又は遺言書を保管している旨を通知する。
⑷ 保管されている遺言に係る電磁的記録又は遺言書については、遺言書の検認(民法第1004条第1項)の規定
は適用しない。
(注1)保管を行う公的機関としては、保管事務を実施するための体制の整備の必要性、国民の利便性、プライバシー
保護の重要性等を考慮して検討する必要があり、具体的には、全国で統一的な対応をすることが可能であり、か
つ、現在自筆証書遺言書保管制度に係る事務を担っている機関である法務局とすることが考えられる。なお、新た
な方式の遺言の保管が法務局で行われ、⑴①の規律を設ける場合には、法務局において保管されている自筆証書遺
言と新たな方式の遺言について、既存の自筆証書遺言書保管制度に係るシステムも含め情報処理システムの整備を
要するという前提はあるものの、一元的な検索を行うことができるものと考えられる。また、相続人等としては、
当該検索とともに公証役場に保存されている公正証書遺言等の検索を行うこととなると考えられる。
(注2)自己が相続人等に当たる遺言に係る電磁的記録又は遺言書が保管されているか否かを証明する電磁的記録及
び当該遺言の内容を証明する電磁的記録には、公的機関が電子署名を行うものとすることが考えられる。
【意見】
保管制度の在り方については、1の【乙案】が採用されることを前提として、賛成する。
【理由】
先述したように、【乙案】に基づき新たに創設することとなる遺言制度における保管機関としては、法務局を担い手と
することが最も適切であると考えられる。したがって、新たな遺言制度についても、すでに法務局が運用している「自筆
証書遺言書保管制度」におけるものと概ね同様の上記の規律を設けることによって、新たに創設することとなる遺言制度
と既存の自筆証書遺言書保管制度との平仄を合わせることができ、上記2つの制度の統一性及び整合性を確保することが
できると考えられる。そして、このことによって、既存の「自筆証書遺言書保管制度」における仕組み、人的資源、シス
テム等を活用することができるため、制度の構築に要する追加のコストを大幅に抑えることができることも期待すること
ができるものと考えられる。
3 日付
日付について、次の考え方に基づく規律を設けることについて、引き続き検討する。
⑴ 保管制度の対象としない場合(本文1の【甲1案】及び【甲2案】の場合)
遺言者が作成日(遺言が成立した日)を記録する。
⑵ 保管制度に基づき保管される場合(本文1の【乙案】及び【丙案】の場合)
公的機関が保管を開始した日を記録する。
【意見】
日付については、1の【乙案】が採用されることを前提として、⑵に賛成する。
【理由】
先述したように、公的機関(法務局)が遺言の成立に関与することとなる【乙案】を採用すべきであると考えられる。
このように考えるとすると、【乙案】に基づき新たに創設することとなる遺言制度については、同様に公的機関である公
証人が遺言の成立に関与することとなる公正証書遺言及び秘密証書遺言と各種制度設計において平仄を合わせるべきであ
ると考えらえる。したがって、【乙案】に基づき新たに創設することとなる遺言に記録される遺言の(成立の)日付とし
ては、公的機関が保管を開始した日とするべきであると考える。
4 加除その他の変更、撤回
⑴ 加除その他の変更
遺言が成立した後、内容を変更する場合には、別途新たな遺言をすることを要するものとし、加除その他の変更に関
する特段の規律を設けないものとする。
⑵ 撤回
新たな方式による遺言に関し、民法第1022条(遺言の撤回)、第1023条(前の遺言と後の遺言との抵触等)
及び第1024条後段(遺贈の目的物の故意の破棄による撤回擬制)を適用するものとし、同条前段(遺言書の故意の
破棄による撤回擬制)については、次のいずれかの案によるものとする。
ア 保管制度の対象としない場合(本文1の【甲1案】及び【甲2案】の場合)
【A案】民法第1024条前段の適用を除外する規律を設け、破棄による撤回を認めないものとする(注)。
(注)証人の立会いの下での破棄など一定の場合に遺言の破棄を認める規律を設けるものとする考え方もある。
【B案】特段の規律を設けない(民法第1024条前段を適用する。)ものとする(注)。
(注)遺言に係る電磁的記録を故意に破棄したと認められる場合を明確にするために、特別の規律を設けることの要否に
ついて、引き続き検討する。
イ 保管制度に基づき保管される場合(本文1の【乙案】及び【丙案】の場合)
【C案】保管の申請の撤回を認め、当該撤回をした場合には、遺言を撤回したものとみなすものとする。ただし、当該
撤回をしたときでも、当該遺言に係る情報は消去しないものとする(注)。
(注)当該遺言の情報については、本文2の証明・閲覧・通知の対象とせず、特別の事由がある場合に限り、遺言者生存
中には遺言者に、遺言者死亡後には相続人等に閲覧の請求を認めるものとすることが考えられる。
【D案】保管の申請の撤回を認めないものとする。
【意見】
保管の申請の撤回については、1の【乙案】が採用されることを前提として、【C案】に賛成する。
【理由】
まず、新方式の遺言を利用するか、既存の普通方式の遺言を利用するかによって、遺言者の遺言意思に実質的な差異を
認める事情はないことから、既存の普通方式の遺言と同様に撤回を認めるべきであると考える。
次に、自筆証書遺言書保管制度における保管申請の撤回と、新方式の保管申請の撤回では、保管申請を撤回した遺言の
効力を異にする。つまり、自筆証書遺言の保管申請を撤回しても自筆証書遺言そのものの効力に影響はないが、新方式の
遺言は法務局での確認及び保管が効力発生・有効要件とされるため、保管申請の撤回が認められると新方式の遺言は効力
を失うと考える。そうすると、保管申請と同様に厳格な要件のもとでのみ保管申請の撤回を認めるべきであるとともに、
後日の紛争解決の証拠資料としての機能を果たす制度設計にすべきである。
そのうえで【C案】を検討すると、「当該撤回をした場合には、遺言を撤回したものとみなすものとする。」点につ
き、法的効果と整合的であり、「ただし、当該撤回をしたときでも、当該遺言に係る情報は消去しないものとする
(注)。」とする点で、「証拠資料」として機能しうる制度設計といえる。
よって、保管の申請の撤回を認める【C案】に賛成するが、遺言の効力を失わせることから厳格な要件のもとで認めら
れるべきである。
第2 自筆証書遺言の方式要件の在り方
1 自書を要しない範囲
財産目録について自書を要しないものとする現行法の規律を維持し、自書を要しない範囲を拡大しないものとする。
2 押印要件
上記1を前提として、押印要件については、次のいずれかの案によるものとする(注)。
(注)自筆証書にこれと一体のものとして財産目録を添付する場合において、その目録の毎葉にする押印要件(民法第9
68条第2項)及び加除その他の変更に際しての押印要件(同条第3項)を含む。
【甲案】押印を要しないものとする。
【意見】
1 「第2」2 押印要件【甲案】について
押印を要しないものとする【甲案】については、反対する。
【理由】
1 遺言制度普及と紛争増加のトレードオフ
我が国の高齢化の進展に伴い、相続に関する紛争防止と迅速な遺産承継手続の確立が求められる中で、遺言制度の普及
促進は極めて重要な課題である。
確かに、方式要件を緩和すれば遺言の利用は広がる可能性がある。しかし、遺言書の真正性をめぐる争いが生じた場
合、押印の存在は極めて重要な意味を有している。すなわち、遺言の効力が発生するのは遺言者の死亡時であり、その後
に生じる争いにおいては、当の遺言者から証言を得ることはもはや不可能である。このとき、署名、押印がある文書につ
いては、その成立の真正が推定されるとする民事訴訟法第228条第4項の規律、及びいわゆる2段の推定(最判昭
39.5.12)が決定的な役割を果たす。特に押印が実印である場合には、印影と印章の一致を立証することで作成名義人に
よる作成を推認し得るため、遺言書の真正性をめぐる訴訟が円滑に進行するものといえる。そうすると、押印を不要とす
れば、この2段の推定が機能せず、相続後の遺言書の真正性をめぐる争いが増加、長期化するおそれがあり、結果とし
て、かえって遺言制度への信頼を損ない、普及促進の目的が逆効果となる懸念がある。
したがって、「自筆証書遺言の押印を要しないものとする」要件緩和に当たっては、相続開始後における遺言書の真正
性をめぐる争いを未然に防止し得る制度的保障(2段の推定機能を代替、補完するもの)が不可欠である。
2 結論
よって、押印を要しないとすることで失われる2段の推定機能を代替、補完する制度保障が実現されるまでは、【甲案】を採用することには慎重であるべきである。
【乙案】引き続き押印を要するものとする。
(後注)甲案及び乙案のほか、「押印を要するものとするが、ただし、遺言者がその意思に基づき遺言をしたことを担保
する観点から一定の要件(場面又は場合)を定め、それ(法定する要件)を満たすときは、押印を欠いたとしても、
遺言は、そのためにその効力を妨げられないものとする。」という考え方がある。この考え方の下で、上記法定する要
件として、例えば、
・ 裁判所が、遺言者がその意思に基づき遺言をしたと認める場合
・ 押印と自筆証書遺言書保管制度の利用とを選択的な方式要件と位置付けた上で、後者の方式要件(自筆証書遺言書保
管制度の利用)を満たす場合
などを定めることが考えられる。
【意見】
1 「第2」2 押印要件【乙案】について
引き続き押印を要するものとする【乙案】に賛成する。また、押印を不要とする余地を例外的に認める代替案を設け
る点については、現状においては慎重であるべきであると考える。
【理由】
1 押印の必要性(2段の推定の維持)
押印による2段の推定は、遺言制度における遺言書の真正性を担保する仕組みとして、重要な紛争予防、紛争解決機
能を果たしている。これを維持することにより、これらの機能を引き続き確保することができる。
2 遺言制度普及との調和
遺言の普及促進は極めて重要であるが、遺言書の真正性担保を犠牲にして普及のみを追求すれば、相続開始後におけ
る遺言書の真正性をめぐる争いが増大するおそれがある。
そこで、遺言制度の普及促進、紛争予防、紛争解決を兼ね備えた制度設計を進め、国民にとって利用しやすい遺言制
度を整備する必要がある。
3 代替案の余地
そこで、次のような場合には、「押印を欠いたとしても、遺言は、そのためにその効力を妨げられないものとする。」
との代替案の余地があるかについて検討する。
➀ 裁判所が、遺言者がその意思に基づき遺言をしたと認める場合(乙案後注)
➁ 自筆証書遺言書保管制度を利用した場合(乙案後注)
➂ 市区町村への自筆証書遺言提出制度
上記➀については、裁判所の介入により、押印のない自筆証書遺言の瑕疵を治癒する余地を認める代替案である。
上記➁については、先述の第1、1 新たな遺言の方式【乙案】【理由】(カ)のとおりの理由からも許容されると
考えられる代替案ではあるが、既存の自筆証書遺言書保管制度及び新方式の遺言方式との平仄を合わせるうえで実益
に乏しいうえに、管理面でも負担を要する。
上記➂については、市区町村の職員(マイナ窓口等)がマイナンバーカード等による対面本人確認と自筆証書遺言
の原本の受理、封かんを行い、法務局へ転送するという方法が考えられる。確かに、この制度が実現すれば一般市民
にとって一番身近な公的機関である最寄りの役所で遺言手続を完結することができ、遺言制度の利便性を高め、普及
促進に寄与することが期待できるが、運営面、管理面等においてあまりに大きな負担となるため、押印欠缺の遺言の
効力を有効とするための代替案としては不適切であると考える。
したがって、少なくとも上記➁、➂の代替案を採用することには慎重であるべきである。
4 押印欠缺の遺言の効力に例外を認めた場合の検討
(ア) 期待される効果(メリット)
近年、各種行政手続及び民間契約において押印廃止が進められており、国民にとっては利便性向上や手続負担の軽減
が実感されつつある。遺言制度においても押印不要とすることで、この「押印廃止の一貫性」として理解されやすく、
制度の親和性が高まる可能性がある。
(イ) 留意すべき課題(デメリット)
まず、先述のとおり押印欠缺の遺言書は、2段の推定が機能しない。加えて、遺言執行の場面において遺言書の有効
性の判断が極めて困難なものとなる。その結果として、手続
の迅速性が損なわれ、制度の信頼性が低下する。
次に、遺言を作成するか否かは本人の意思、心理的抵抗、制度理解度に大きく依存するため、押印要件を緩和したと
しても、それだけで遺言制度の普及促進効果が大きく見込めるものではない。その点で、押印を不要とする代替案の採
用の必要性が高いとはいえない。
また、押印要件の緩和により、「遺言書には押印不要」といった誤解をうみ、制度全体の安定性を損なうおそれがあ
る。
5 まとめ
押印要件の緩和は、行政手続、民間手続の簡素化の流れとリンクして理解されやすいものの、遺言制度においてはそ
の意義は限定的であり、むしろ真正性担保機能を弱め、市民に誤解を広め、紛争の増加を招くリスクが大きい。
よって、遺言制度については一般的な行政手続の押印廃止とは異なり、真正性担保の観点から、押印を要するものと
する【乙案】に賛成し、要件緩和については反対する。
なお、遺言制度の普及促進は極めて重要であることから、一般市民にとって現行制度よりも、もっと身近で利用しや
すい制度へと整備していくことは必要不可欠である。将来的には先述【理由】3➂のような窓口を拡大する方法も検討
する余地があると考える。

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